
宿に居たアラーラ。りんごで餌付け。
リマ来て、5晩が経ちました。
アヤワスカトリートの精進落としです。
一番始めにやったことは、荷減らしです。
今までの荷物の三分の一くらいになりました。
心が軽くなって、身も軽くなるというか、執着が少しは減ったのか。
これも、アヤワスカ効果の一つか、と(笑。
約2ヶ月のアマゾンでの修行(?!)で、身体が飢餓状態だったようで、毎日お腹ぱんっぱんになるまで食べています。
お気に入りのベジタリアンレストランに通い、スープ、パスタ、野菜炒め、サラダ、フルーツ、フルーツジュース、、時には2人前!
トリート中禁止されていた、コーヒー、チョコレート、ケーキ、あんこ、揚げ菓子、冷たい飲み物、なども。
トリート中は、食べたくても食べれなくなっていたりしたので。
食べれるってことは、健康な証拠、幸せなことです。
とはいえ、いろいろ食べてはみたものの、油たっぷり使ってるものやこってり甘いケーキなどはまだ身体に重く、サラダやフルーツや水などのシンプルなものが身体が楽です。
だいぶヘルシーです。
これもアヤワスカ効果?
毎日通っていたお気に入りのベジタリアンレストラン。
ペルーはチキンとフライドポテトが割と定番の中、お昼時は満席(奥にも部屋がある)。人気店のようです。
インテグラル系のものやオメガ系のオイルなども買えます。
ある日のお昼の定食。これに具だくさんのスープやサラダ、デザート(フルーツ)が付く。7ソル(約210円)。おいしい!
wifiが入る宿に移ってからは、毎日インターネット。
アヤワスカレポートを書いてブログに上げ、友人達のブログに目を通し、ニュースと為替、溜めていたメールに返信。
南米を出るための、航空券探し。
情報に再びさらされています。
移った宿のドミが、偶然、全員日本人でした(7人!)(笑。
トリート明けでまだ少し過敏なところがあるので、馴染みのある、気遣いと落ち着いた空気がもらえて、よかったです。
彼らはアヤワスカなどには特に興味のない子たちだったのもあり、アマゾン、精霊と魔法の世界から、現実に戻って来た感が増しました。
街ライフを一通りやって、身体もこころも満腹になりました、世俗の毒で(笑。
毒慣らしもしないと、生きていけませんから(笑。
これからボリビア目指して、高速移動です。
カーニバルと、ウユニ塩湖へ!
中華街にて。あんまん。

ayahuasca vine.(banisteriopsis caapi.)
数日前にsan francisco/サンフランシスコ村から、lima/リマに着きました。
ayahuasca diet/アヤワスカダイエット一ヶ月ちょっとと、延長一週間、計50日間の入院生活(?!)が終わりました。
(アヤワスカについてはこちら。)
アマゾンの薬草と伝統治療、たくさんの動植物精霊、インディヘナの民、自然との暮らし。
唯一無二の時間を過ごさせてもらえました。
アヤワスカや治療だけでなく、この村、素直な村人、シンプルな自然との生活も、十分過ぎるほどのナチュラルメディスンでした。
ダイエットと言っても、痩身という意味ではなく、もっと広義に健康という意味です。
施設はさながら、世界中から治療を求めて重病人がやってくる、ホスピタルでした。
最初に居た施設には10日ほど。そこは合わないものを感じ、途中でコースを自己終了。
そこに滞在しながら、他のクランデーロたちのセレモニーを受けに行きました。
よいマエストロ(名治療師の意味)を見つけ、移りました。
わたしの今回の長期滞在の目的は、アマゾンのクランデリズモとアヤワスカへのさらなる興味、そして、身体とこころの大リンピオ(リンピオ:クリーニング・浄化の意味。ネガティブエナジーの浄化)でした。
アヤワスカは、必要なモノを与えてくれると云われています。
この一ヶ月と一週間、とてもとてもたくさんのことが、身の回りとこころの内で起こりました。
自分と向き合うなんて言葉柔らかに言えるようなものではなく、吐いて泣いて人ともめて、自分のネガティブなものでぐちゃぐちゃになりながら、自分という人間を思い切り思い知らされた日々でした。
身体とこころは追い詰められ、孤独になり、このままおかしくなってしまうのではないかという境目の崖っぷちにつま先立ちしているようで、わたしは無くなりそうでした。
とてもとてもハードな日々でした。
まだ自分でも消化途中で、また、大事にしたい事柄でもあり、何をどう伝えられるか、言葉を探しているところです。
わたしの人生の上で、大きな変わり目となった39日間であることは、云うまでもありません。
身体の浄化、精神の浄化、自己との対話、エゴとの対峙、エゴの昇華、自我の喪失、全てとの繋がりの再確認、そして、自分と繋がる。
そんな過程を経たように思います。
ayahuasca.
■ ayahuasaca treat.
約4年前にブラジルで初めてアヤワスカを飲んでから、日本、コロンビア、ペルーにて50回以上アヤワスカを飲んで来ました。
どのセレモニーも毎回毎回違ったもので、ある時は地獄絵図、ある時は愛と感謝の世界。
ビジョンもいろいろ見て、学びもたくさんありました。
この一ヶ月のコースの間にも、毎回毎回、ほんとうにたくさんのことを教わりました。
吐いて、泣いて、ひたすらエゴとの対峙。
自分のひどさをさんざん思い知らされました。
それは、わたしが浄化を望んでいたから。
それを意識し、浄化するきっかけが与えられたのだと思っています。
回を追うごとに、身体とこころの感度が研ぎ澄まされていきました。
なにげくやり取りしているメール1通でさえ、それが持つエネルギーは影響しています。
(施設にとっては、ダイエットコース中は、インターネットをすることや、町へ出ることも禁止されています)。
普段感じている以上に、さまざまなエネルギーを感じ、それが見えました。
ここに書ききれないので、またいつか。
そして、最後のセレモニーも、今までのどのセレモニーとも全く違う初めての、特別なアヤワスカ体験でした。
旅の終わりをはっきりと感じたセレモニーとなりました。
一ヶ月のコースが終わりに近づいた頃、セレモニー中にひどい状態になったわたしを見たマエストロ(名治療師)から、ここに来る前に受けたセレモニーで強いブラックマジックにかけられてるから、それを取るために1週間延長した方がいい、と言われました。
(後日、その理由は、小さい頃に読んだ魔法関係の本が原因、と訂正)。
しかも、特別に高い料金とのこと(と言っても、計算したら、正規料金+少し程度でしたが)。
ほんとうにブラックマジックなのか、普通に騙されているのか、、、
ブラックマジック、という言葉がマエストロから出てきた経路には、日本の見知らぬ女の子が私に送ってきた一通のメールという伏線があります。
そのメールが呼び込んだ、とでも、云えます。
目には見えなくても、エネルギーは動き、影響を与えています。
食事制限と連日のアヤワスカ(アヤワスカは意識を開くので、暗示や操作にかかりやすくもなります)、ストイックな生活で、すでに普通でない精神状態だった上にこれです。
弱いわたしは、見事なまでに、あっと言う間に精神バランスを崩しました。
信じこみやすく、自軸を人にたやすく預けてしまう自分が見えました。
まぁ、ここに長期滞在する時点で、その素質は十分あると思いますが。
自分を押し出して生きてきたつもりだったけど、あると思ってた自分という軸は、ほんとうは無かったんじゃないか?
ちっぽけな自分は、あっという間に居なくなってしまいました。
もう、一種の宗教、洗脳→入信コースです。
治療を終わりにして、施設を出ることも考えました。
何を信じていいのか分からず、このまま延長しても、ますますおかしくなって取り返しがつかなくなるかも、精神崩壊もありうる、との不安もありました(冗談ではなく)。
反面、今までのセレモニーで見えた自分のたくさんのエゴ、自分を変えたかった。
ここで逃げずに、もう少し頑張りたかった。
後で何か起こった時に、やっぱりブラックマジックだったのでは、、、とつきまとうことも嫌だった。
この状況を何とかしたい、きれいさっぱり終わらせて、もう戻ってきたくない。
一ヶ月で気づかせてもらったことを、実践する1週間にしたい。
いつもながらの何とかなるという直感もあり、お金を払って、延長することに決めました。
その時に、何が起こっても、1週間だけ、それ以上の延長は絶対しない、とこころに決めました。
この一件でマエストロに対して盲信してた部分がかなり減りました。
それまでは、マエストロを神秘の世界を知る完璧な存在として信じ切り、自分の身体とこころの声を無視して、食事はストイックに制限し、与えられるままのアヤワスカを無理して飲んで、マエストロとアヤワスカに全てお任せ&何とかしてください、という頼り切ったもの、他力本願全開でした。
ここに書くのも恥ずかしいです。
アヤワスカを飲んでイカロ(治療歌)を聞いていれば、良くなると思っていました。
でも、アヤワスカはきっかけをくれるに過ぎないのです。
そのきっかけから進んで行く自分の努力が大事だということに気がつきました。
クランデーロに言われた、アヤワスカ50自分50、さやこはそこが分かってない、との言葉が理解できました。
自分を変えてくれるものなどないのです。
自分が変わること、ただそれだけです。
延長した1週間は、マエストロやクランデーロ(治療師)たちにお世話になりつつも、一歩引いた目線を持ち、自分の身体と相談して飲む量を決め、自分でコントロールできるよう、自分でなんとかしようと努力してきました。
そして、この一件を話した日本の父や一歩引いた他の滞在者たちの意見にも助けられました。
また、マエストロさえいれば浄化は済む、と思ってマエストロと二人でセレモニーをやってもらったりしましたが、そうではなかったことにも気づかされました。
他のクランデーロや一緒にセレモニーを受ける人たちが、わたしが出したネガティブエナジーを引き受けてくれている、そして、わたしも彼らが出したエネルギーを受け取っている。
お互いに助け合い、全てが繋がりあっている。
人も生き物も出来事も地球も目に見えない物事も全て、ということを、セレモニーとこの一件を通して教わり、こころから感じました。
■ connect with.
そして、迎えた最後のセレモニー。
崇高な啓示を受けたわけでもなく、天上のビジョンを見たわけでもなく、わたしに起こったことは、アヤワスカに翻弄されずに、アヤワスカと自分をコントロールすることができたことでした。
50回以上のアヤワスカ体験で、初めてのことでした。
アヤワスカを制した、とさえ思いました(笑。
それは、ここでの生活とセレモニーを通して自分がやって来たことを信じれたから。
マエストロという他力本願でなく、自分で何とかしようとがんばったから。
自分を信じて、自分とずっと繋がっていられたから。
その時のわたしを表現するとすれば、
「わたしはわたしと居る」。
自分と繋がったことを感じたと同時に、旅は終わったと思いました。
今までのセレモニーで感じてきた、ネガティブエナジー、、罪悪感とかエゴとか恐れとか悲しみとかトラウマは、このときはもう感じませんでした。
変に自分を縛っていた何か、そういうものが抜けた感じがしました。
ネガティブエナジーが無くなったから、自分と繋がれたのか。
自分と繋がったから、それらが消えたのか。
そして、最後のセレモニーで、美しいビジョンと共にこころのうちからふわっと出てきた言葉は、ありがとう、でした。
一緒にセレモニーを受けた人たちに、マエストロとクランデーロに、今までのことに、両親に、生きとし生けるものに、万物に、ありがとう。
美しいビジョンが見え、浄化が終わったことを、感じました。
このセレモニー後、マエストロからもはっきりと、全てのネガティブエナジーの浄化は済み、この日で仕事は終わり、と言われました(あと一日残っていたにもかかわらず)。
思い返せば、マエストロはいつでも一番にわたしにイカロを歌ってくれ、時にはわたしだけの時もあり、時には数度も。
そして、イカロの後にマエストロがいつも言っていたのは、メンタリブレ(メンタルの自由)ポコアポコ(すこしづつ)。
この日、最後に、長くかかってしまってごめん、デスパシオ(ゆっくり)、少しづつなんだよ、誤解や行き違いもあったりしたけど、でも、全てのネガティブエナジーのクリーニング(リンピオ)は終わったから、と言われました。
そして、この一ヶ月ちょっとの経過のことと、すでにわたしの内にあるアヤワスカの精霊とこれからどう付き合って行くか、なども話してくれました。
ブラックマジックだなんて言われて、マエストロに不信感も募っていたけれど、きちんと最後まできっちり仕事してくれました。
ひどい暴言を吐いたり、もめたりしたクランデーロ(治療師)に謝った時、彼らは口を揃えて、僕らは分かっているから大丈夫、プロセスだから、と言って笑って許してくれました。
アヤワスカの道は、カミノデアモール(camino de amor)だと。
安易にクランデリズモやシャーマニズムに興味を持っていましたが、人助け、お医者さんです。
大変な仕事だと思いました。
今振り変えれば、マエストロは騙そうとしたとは思えず、それがブラックマジックだったのか何だったのか、そんなことはどうでもよく。
全ては、アヤワスカが与えてくれた、必要なことだったように思います。
この一件で延長した一週間で得られたものは、とても大きなものでした。
一ヶ月は、身体とこころとエゴ、全ての浄化。
徹底して自分と向き合った先で、教わったことは、
自分を変えてくれるものはなく、自分で自分を変えていくこと。
そして、延長した1週間、この一件を通して見つけたことは、
自分を信じ、自軸を立てること。自分と繋がっていること。
自分以外のものに全てを預けてしまわないこと。
人との繋がり、全てとの繋がりの中で生かされていること。
一人で生きているのではないのです、たくさん助けられているのです。
同じく、自分もまた誰かを何かを助けているのです。
助け合い、繋がりの中で生きている。
たくさんのものに助けられ、この一ヶ月と一件を乗り越え、起こったことを自分の力に変えました。
これから生きるための糧となり、強くなれました。
ネガティブエナジー、ブラックマジック、、、言葉は違えど、自分を覆ってきたりコントロールしようとしてくる外部の何か、っていう意味なのだと思いました。
それは、見える形でも、見えない形でも、大なり小なり、世界にたくさんあります。
それがとれた時、自分と繋がることが出来、
自分と繋がることを思い出した時、それに立ち向かうことが出来るのだと思いました。
全ての繋がりが見えたから、自分と繋がれたのだと思うし、
自分と繋がることで、全てのものとの繋がりが見えた。
そこで一緒に生活をし、セレモニーを受けていた人たち。
マエストロ、クランデーロ、ファミリーたち。
天寿を全う出来なかったハチドリの雛、その親鳥。
村の人たち、子供達。
アヤワスカ、アマゾンの植物、生き物たち。
大地、水、火、空気。
空、雲、太陽、雨。
そしてまた、
近くの工場で出ている煙も汚水も、遠い海で漏れ出したタンカーオイルも、どこかで行われている核実験も、巡り巡って、わたしたちの一部になる、繋がっている。
繋がりが助けてくれもするし、そこから逃げることもできない。
繋がりたくなくても、繋がってるものなのだ。
わたしはその一部であり、全てはわたしの一部。
わたしたちはひとつのいのち。
“繋がり”
アヤワスカで一番感じてきたことです。
そして、
“ありがとう”
ただ感謝があるだけでした。
助け合っていく、人と地球と共に。
自身に忍び寄る小さなネガティブエナジー、世界にはびこる大きなネガティブエナジー、それらに立ち向かっていく。
これらが、わたしが得てきたビジョンです。
■vida natural.

毎日の食事は、屋外で薪で火を起こして、自炊でした。
火起こしは、毎日の風や湿度を感じることから始まりました。
アヤワスカダイエットの食事制限は、塩・砂糖・油・豚肉・カフェイン・アルコール・乳製品・sexを避けること。
シンプルに食材の味を楽しむ毎日でした。
正直なところ、2週間も過ぎると、飽きもしましたが(笑。
週に1−2度、ボートに乗ってヤリナやプカルパの市場に買い出しに行っていました。
往復2時間以上かかる、小トリップです。
まとめ買いするので、一回の買い物はいつも数キロになりました。
写真は、全粒粉のチャパティ。
何回か作りました。
粉を水で練って焼いただけですが、自然な甘みが評判よかったです。
お気に入りだったのは、焼き青バナナ。BBQです(笑。
身体の感度がどんどんと上がり、味覚の感度も上がり、身体の声が大きく聞こえるようになりました。
少しでも変なものを食べると、セレモニー時に影響が出て、吐いたりもしました。
今まで、食にはかなり気をつけてきたつもりです。
それでも、余分なものを身体にたくさん入れて来たことを知りました。
身体が喜び、安心できる食事、ほんとうにナチュラルな食事がどういうものなのかを教わりました。
それは、とてもシンプルなものです。
耳を澄ませれば、身体とこころの声がきちんと聞こえます。
■ furture.
これからのテーマは、繋がり、調和。
今までは自由をテーマに、自分のために一人で気ままに旅してきました。
これからは、もう少し、人のため地球のために。
宇宙と地球と自然と生きとし生けるものと自分と繋がって。
環境のこと、平和のことも、無視できない。
宇宙と地球と自然と生きとし生けるものと自分は繋がっている。
水と空気が綺麗じゃないと、身体がやられる、生きられなくなる。
自然と一緒だったら、心身共に丈夫で健康に生きていける。
お金のためではなく、生きるために働く。
いのちの源の食、安心できるものを自分たちで、自給自足。
環境や平和のこと、真実を知って、地球というひとつのいのちを守っていきたいと思う、今と未来のために。
自分ときちんと繋がって。
そんな思いを抱いて、今、帰国チケット探してるところです。
■ epilogue
いろいろありましたが、終わりよければ全てよし。
満足しています。
前よりも、少しは強くなったと思います。
自分を縛っていた何か、覆っていた何か、、、
そういうものから少し自由になったように思います。
こころが軽くなったと同時に、バックパックも荷減らしでき軽くなりました。
ほんとうにたくさんの人と出来事に助けられました。
父と母にも感謝しています。
ありがとう。
アヤワスカセレモニー、ここでの出会いや出来事、ここで過ごした日々が教えてくれたたくさんのこと、たくさんの学びがありました。
でも、それはきっかけなのです。
生かして生きていくこと、これから。
楽しみです。
行雲流水―sayacoの世界放浪旅日記<北中南米アマゾン編>、終わりに近づいています。
今までお付き合いいただいて、一緒に旅してくださって、ありがとうございました。
あと少し、お付き合いいただけると、幸いです。

お世話になったmaestro/マエストロ(名治療師)、Don Mateo/ドン・マテオと。
あけまして、おめでとうございます。
昨年は、行雲流水-sayacoの世界放浪旅日記<北中南米アマゾン編>にお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。
読んでくださるみなさんがいることが、とても励みとなっています。
行雲流水-sayacoの世界放浪旅日記<北中南米アマゾン編>、あと少し続きます。
今年もよろしくお願いいたします。
2010年、みなさんにとって、愛に溢れた虹色に煌めくよき年になりますように。
アマゾン川と原生林にかかった虹。ダブルレインボー。
イキトスからプカルパへ向かう船の上にて。

pucallupa/プカルパから隣町のyarinacocha/ヤリナコチャへ。
ヤリナコチャは、ヤリナ湖ほとりにある町です。
ヤリナ湖畔からボートに乗り、ヤリナ湖を1時間ほど行った所にあるsan fransisco village/サンフランシスコ村に来て、約3週間が経ちました。
ボートに乗って、ヤリナ湖を進みます。
船着き場。子供たちもたくましくよく働いています。
船着き場から村への道。
サンフランシスコ村は、ペルーアマゾン原生林近くにある、アヤワスカを扱う伝統を持つ先住民shipibo/シピボ族が住む村。
アマゾンの先住民の村、といっても、顔にペイントをした裸族のような原住民が狩りをしながら竪穴式住居に住む村ではないです。(両親がこんな想像していたようで、けっこう心配されてたよう(笑。)
舗装されていない土の道の脇に、緑の木々と共にぽつんぽつんと立つ簡素な平屋建て、その茅葺き屋根の下に住む人は穏やかで優しく、子供達は元気に挨拶をしてくれ、学校や広場や小商店もあり、お祝いごとは村全体で行われています。
どこの家も、立派なスピーカーで、大音量で音楽をかけています。
村の女性の半分くらいはシピボ柄の伝統民族衣装を着ていて、日本人と同じ黒髪が腰まである人も多いです。
毎朝村内放送があります。
インターネット屋は一件あり、助かっています。子供たちは、ゲーム夢中です。
村のメインストリート。
土と緑の道が続きます。
数件の小商店。壁のペイントはシピボ柄。
野菜やフルーツなどは、隣村ヤリナコチャまでボートに乗って買い出しに行きます。
ここでは、アヤワスカダイエットと呼ばれる食事制限と薬草治療、そしてアヤワスカセレモニーを受け、自分と向き合い、のんびりと過ごしています。
大事なところに居ます。
1週間の予定でここへ来ましたが、もうしばらく滞在します。
メール返信やブログ更新など遅れていますが、大事な人たちのことはちゃんと覚えています。
しばらく、そっと見守ってください。

pucallupa/プカルパから隣町のyarinacocha/ヤリナコチャへ。
ヤリナコチャは、ヤリナ湖ほとりにある町です。
ヤリナ湖畔からボートに乗り、ヤリナ湖を1時間ほど行った所にあるsan fransisco village/サンフランシスコ村に来て、約3週間が経ちました。
ヤリナ湖をボートで進む。両側はアマゾン。
サンフランシスコ村は、ペルーアマゾン原生林近くにある、
アヤワスカを扱う伝統を持つ先住民shipibo/シピボ族が住む村。
シピボ模様の描かれた商店。
ここでは、ayahuasca diet/アヤワスカダイエットと呼ばれる食事制限と薬草治療、
そしてアヤワスカセレモニーを受け、自分と向き合い、のんびり過ごしています。
当初1週間の予定でここに来ましたが、もうしばらく滞在します。
元気にしているので、ご心配なく!